350 :てみた:2008/12/02(火) 03:46:41
1.

「では、行きますよ〜」
 本日、2度目の大技が炸裂して、対戦相手の体がマットに串刺しにされる。
『強い、強すぎる〜〜っ!! どんな選手も高層ビルの崩壊に巻き込まれては生きていられない。それが人間の限界なのか!! これはもう、人間の戦い方じゃないっ!! まさに災害、この生物災害を鎮める事が出来る猛者は現れるのか〜〜っ!!』
 ワンナイトトーナメント、2回戦。
 8名の選手が鎬を削る大会は、いつもよりもずっと早い時間に、5試合目が終わってしまった。
 その発端は、2戦目のみぎりの試合の時、相手がみぎりと同じ力自慢の選手だった事。その不幸な選手が、中途半端に、自分の体に自信があったことから始まった。
 開始早々、「生半可な攻撃じゃ通じない」と宣言した相手に、「そうですか〜」と。「それでは、全力で行かなきゃ、ダメなんですね〜」の言葉で、全てが終わった。顔面を叩き潰すラリアートで倒れた相手を、超高層ボディスラムで叩き落し、更にそこからギロチンフォール。たった3回の攻撃で、その試合は終わった。
 このままだと、どこかでこの化け物とぶつかる。
 そう気付いた瞬間、プロであるはずの選手達は、これが興行であるという事を忘れ、そこからの試合を見た観客の感想としては、酷いの一言に尽きた。
 ミサイルキック→体固め(3分23秒)、アキレス腱固め(2分18秒)。信じられない数字が並び、そして、その下に、ボディスラム→体固め(0分42秒)と言う新しい表示が現れる。
 だが、それから殆ど間をおかず、今度はSTF(1分08秒)と言う数字が飛び出した。
 いつから、トーナメント戦は相手を倒す時間を競う勝負になったのか、呆れる人がいないわけではなかったが、それ以上に、決して弱くないはずの相手を1分や2分で仕留めるレスラー2人の、どちらが強いのか、興味を惹かれないはずが無かった。
 だから、席を立つ者はいないまま、最終戦、決勝の試合の時を向かえた。

351 :てみた:2008/12/02(火) 03:48:23
2.


「いくらなんでも、やり過ぎです。お客さん、怒っちゃいますよ?」
 心配そうに付いてくる、セコンドであり後輩に背を向けたまま、黙々と歩くのは、黒い髪を肩口で切り揃えた、一見落ち着いた雰囲気の女性。
 だが、今日の試合の内容を見る限り、その性格が落ち着いている、大人しい性格で無い事は、誰の目にも明らかだ。
「構わないわ……試合が短かった、なんて苦情、来ないようにするから」
 対戦相手を一瞬で極めてしまい、すぐにギブアップを奪ってきたからか、疲労は無い。むしろ、決勝の前に準備運動が必要になるくらい、余裕を残していた。だがそれは、対戦相手も同じだろうが。
「するって……どうやって……」
「……この試合に、4試合分の時間をかければいいだけよ、それなら、誰も文句は無いでしょ?」
「え……いや、それは……」
 無茶苦茶で理屈になっていないけれど、少なくとも、目の前にいる女性が怒っている事は分かる。
「……何?」
「いえ……」
 縦社会のプロレス団体、先輩の言葉は絶対で、下手な事は言えない。普段なら、それ程怖い人でもないのだが、機嫌が悪い時に近付くのは、野生の獣を前にするような危険を感じるほどだ。
 実力は信頼しているし、国内ではトップクラスのレスラーだという事も分かっているが、それでも、相手の事を考えると心配にもなる。
「……行くわよ」
 みぎりは、団体のエースでありオーナーである市ヶ谷が海外に行って、日本にいない時に殴りこみに来た選手で、今日のトーナメントまでに3人の所属選手が血祭りに上げられている。
 新団体を設立してやっと軌道に乗り始めた時期に、たった一人の得体の知れないレスラーに、あっさり負けたまま引き下がりましたじゃ格好が付かない。
「は、はいっ!!」
 試合で冷静さを失ってはいけないとは分かっているが、怒りを納めることができないまま、南利美は小川を連れて、リングへと足を進めた。

352 :てみた:2008/12/02(火) 03:50:27
3.

 ざわざわと、不安に戸惑う観客席を尻目に、試合は今にも始まろうとしていた。
 大空みぎりと、南利美。キャリアでは南の方が上でも、二人が並べば見た目は大人と子供のようで、南の体ははっきり言ってひょろい。
「確か〜、貴女は〜……ええと……強い人ですよね〜」
 南を前に、緊張感を微塵も感じさせない声で言うが、日本でも有数のレスラーの名前を知らないのかと、呆れたムードが漂った。
「そうね、今は、一番強いんじゃないかしら」
 この団体で現在、南に勝てる選手といえば、市ヶ谷くらいのもの。だが、その市ヶ谷はいない。
「はぁ〜、折角、いちがやさんと戦えると思ってやってきましたのに、またはずれですか〜」
「……はずれ?」
 南の眉間に皺が寄って、こめかみの辺りが引きつる。
「いちがやさんを倒さなくちゃいけないのに、困りました〜」
 南とて、市ヶ谷には一目置いていても、戦えば負けると言い切るつもりは無い。あの馬鹿力や、豪快な技は脅威だったが、自分の技がそれに劣っていると認めるほど、力の差があると思わない。
「それは困ったわね……」
 硬く握り締めた拳をゆっくりと解きながら、構える。
「はい、困りましたけど〜……どうかしました〜?」
 南の眼光は、みぎりを見ていなかったが、流石の鈍いみぎりでも、全く気付かないわけではないくらい、強い殺気が叩きつけられている。
「………残念だけど、市ヶ谷と戦う事は出来ないわよ……ここで、あなたは私が倒すわ」
 ゴングが鳴らされると、ここ数年は大人しく地味な試合が目立った南が、珍しく自分から前に出る。
「倒されたくは、無いです〜!!」
 みぎりの右の張り手が飛んでくると、それを、前に出る事で懐に潜り込んで避けて、そのままの勢いでショルダータックル。
「きゃあっ!!」
 みぎりの体が揺らいで、後ろに下がらせられてしまった。
「あっ…………」
「遅いっ!!」
 みぎりが反撃に移る前に、南の腕はみぎりの髪の毛を掴んで、引っ張りながら顔面へのエルボーを叩き込んでいる。
「きゃっ……うぅ〜〜……」
 南が後ろに下がって初めて、みぎりの手が、それまで南がいた場所を薙いだ。
「ばな゛、うぢました〜………」
 追撃を嫌ったのか、後ろに下がったみぎりの目からは、大粒の涙がボロボロと零れて、痛そうにはしている。
「呆れた頑丈さね……そんなに分厚い面の皮なら、これまでの態度も分かるわ」
 打ち付けた肘が軽く痺れてしまうほど、強く打ち込んだのに、ダメージを感じさせない。ショルダータックルにしたって、効いている様子は一切無い。
 団体に乗り込んできたときは、「この団体のエースの方を、叩き潰す為に参りました〜」と、大したキャリアも無い新人のくせに宣言したので、怒るというよりは呆れたものだったが。
 ただ、その一言で全員を敵に回したのも確かだ。それなのに、悪びれる様子も無かったのは、この痛みに対する鈍さを見ていれば、何となく理由が分かった気がした。
「厚くなんてありませんよ〜、普通です〜」
 頬を触りながら、自分の顔を確かめるみぎりは、隙だらけだった。いつもなら、見逃すはずだったが、今の南はそんな甘い気分じゃない。
「なら、試してあげる……!!」
 みぎりの力は、試合の様子を見れば知る事ができたが、だからと言って必要以上に怖がるのは逆効果だと思う。
 飛び込んで、みぎりの腕を掴むと、引き倒しての脇固め。みぎりの顔が、あまりの勢いで倒されて、今度はマットにぶつかった。
「ふぎゅぅ〜〜……離して下さい〜」
 柔軟性はあまり無く、力が凄くて完全に極まっていない関節技でも効果があるようだったが、みぎりが少し暴れるだけで体が跳ね飛ばされそうなほどに揺さぶられる。数多くの選手の間接を極めてきた南でさえ、技を極めていると言うよりは、必死でしがみ付いてるような錯覚さえ感じてしまう。
(何て、力……市ヶ谷より……)
「は〜な〜し〜て〜〜……」
 南の視界がめまぐるしく変化して、みぎりがロープに近付こうとするのを引きとめる内に、南を中心に、みぎりの体がコンパスのように円を描くように動いていた。中心にされた南も、体が引っ張られ続けて、出来た円はいびつなものになり、そして、みぎりの手が、終にロープへとたどり着く。
「……あ、ロープです〜!!」
 グッ……
 ロープを掴んだまま、みぎりが腕を引くと、南の体がふわりと浮き上がる。何をされたのか、気が付いたときには、南の目の前に、鉄柱が迫っている。
「危ないですよ〜?」
 ゴッ………!!
 何か硬いものに当たる音と共に、南の体がリングの上から放り出されてしまった。

353 :てみた:2008/12/02(火) 03:52:07
4.

「危ないっ!! あぐっ!!」
 みぎりがロープを掴んだ瞬間、あのまま極まれば、ギブアップも奪えたのに、惜しいと思った。
 だが、日本マット界でも、現在、最高峰の関節技は、間違いなく通じている。そう思った瞬間だった。
 目の前で、みぎりがロープを支えにする事で、南の体を強引に振り解こうと、腕を振った。
 ロープを掴んだのだから、放っておけばすぐにでも、解ける筈の技を、なぜ?
 誰もその理由が分からないまま、みぎりは南の体を、強引に振り解いて見せ、そして、運が悪い事に、その先にはロープを固定する金具があった。
「がっ……ぐっ……うぅ……」
 体を起こした南が、まず最初に感じたのは、ぬるっとした感触と、ズキズキとする頭痛だった。
「何が……あ……」
 それが血で、痛みの正体が、額に出来た傷なのだと分かるのとほぼ同時に、目の前に、何か巨大なものが振ってきた。
「軽すぎて、投げ飛ばしちゃいましたね〜♪」
 みぎりの姿を見た瞬間、体が反射的に動いて、体の前で腕を構えて防御する。
「えいっ!!」
 みぎりの攻撃は、乱暴なサッカーボールキック。いや、ただ足を振り上げただけの、基礎も何も無い蹴りで、普段の南なら素早く掴んでドラゴンスクリューで捻り倒していただろう。
「っ………!!」
 南のお尻が浮き上がって、後ろに尻餅をつくように飛ばされる。反射的に、足を掴んだ感触はあった。手が血で滑ってしまったとは言え、確かに掴んでいたのだが、南の手の中には何も無い。
「あっ……汚れちゃいました〜」
 南の血を、困った顔で見下ろしながら、開いた間合いをまた、詰めてくる。
「クリーニング代、後でいただけますか〜?」
 にっこり笑って、足を持ち上げ、振り下ろす。
 みぎりの体重を乗せたフットスタンプが、南の太ももを直撃した。
「ぎっ……あぁあああああああああああっ!!」
「あっ、逃げないでください〜」
 転がる南を追いかけて、更にもう一度、足を持ち上げるみぎりだったが、慌てているように見えて、流石に南はベテランだった。
 振り下ろしてくる足を紙一重で避けて、膝裏目掛けて蹴りを叩き込む。全力で蹴るには危険な場所だが、体勢が悪いし、何より配慮する余裕が無い。
「きゃあっ!!」
 最悪、膝くらいついて、時間を稼いで欲しかったが、みぎりは軽くふらついただけですぐに、立ち直ってしまった。
「……最悪ね」
 だが、立ち上がる時間は稼げたし、ふらつきながらも構える余裕もあった。
「はぁ……しぶといですね〜」
 南は、振り向いたみぎりの膝に、タックルを仕掛け、倒そうとする。蹴りつけたばかりで、少しでも痛みが残ってるだろうと信じて。
「ふっ……!!」
「あっ……危ないです〜」
 身長が高ければ、足元は注意がおろそかになる。定石通りのはずだったが、不意打ちで仕掛けたタックルは、簡単に切られてしまう。いや、足はしっかり掴んだし、後は倒すだけだった。だが、みぎりが足を振り上げるだけで、簡単に、振りほどかれてしまったのだ。
「嘘……」
 信じられない防御方法に、動きが止まった南の肩目掛けて、左腕が振り下ろされる。
「えい〜っ♪」
「がっ!!」
 体が、ハンマーで打たれたように床に押し付けられ、肩の骨が悲鳴を上げて軋む。
「まだまだ、ですよ〜……えいっ、えい〜♪」
 左腕一本で、連続で攻撃して、何度目かの打撃に耐え切れず、南の体が床に倒れた。
「あっ……ぐ……は……はぁ……ぁ……」
 肩を抑え、激痛に苦しむ。だが、みぎりは容赦なく、その南の体を抱えて、リングの上に投げ捨てた。

354 :てみた:2008/12/02(火) 03:53:40
5.

「は……何なの……あれは……」
 肩を抑えたまま這いずって、みぎりから離れた所で、ロープを掴んで立ち上がる。幸い、骨は無事だったが、全身の骨が歪んでしまったかのような違和感と、右腕を動かそうとすると肩に若干の痛みを感じてしまう。
「さあ、続きですよ〜」
 リングを、ちょっと高い階段を登るかのように、ステップを使わずに登ると、トップロープをまたいで入場してくる。
「………化け物ね」
 今更、言うまでもない事だったが、言わずにはいられない。
「はぁ、よく言われます〜」
 みぎりは心外だと言う顔をしたが、それでも、慣れているのか態度にはそれほど出てこない。
「次は〜、どうやってせめて来るんでしょう〜?」
 南は、攻めないのではなく、攻め方が思いつかないだけなのだが、みぎりにとってはそんな事情もお構いなしだった。最初に極めた脇固めは、みぎりの隙を突いたものだったが、流石にもう警戒されているし、みぎりが攻めてこなければ、あの巨体を倒す方法だってそう多くは無い。
「…………まだですか〜?」
 みぎりは、南がみぎりが動くのを待っていると、知っているとしか思えないような動きで、焦らす。それが、全く何も考えていないと知っているのは本人と、極僅かなみぎりの事を良く知る人物のみ。
「……最悪だわ」
 自分の実力に、自信があった南だったが、今回ばかりは流石に手詰まりに思えてくる。ここしばらくは、勝てる試合ばかりやって、感が落ちたのかもしれないと、自嘲気味に笑みがこぼれてしまう。
 こうなったら、玉砕覚悟で突っ込もうか。負けてもいいという選択肢が無い、不器用な性格だから、勝ち目の薄い方法でも、確実に負けるよりはいいだろうと、腰を低く構えた。
「南さん、右腕、右腕です!!」
 捕まれば御仕舞いの、博打のような特攻に出ようとした南の耳に、不意に届いた言葉に、視線を動かし、みぎりの右腕を見る。
 良く見ないと分からないが、肩の辺りが赤く腫れて、左腕に比べると、構えた腕が下がっている。あまりの巨体と、そこから繰り出される攻撃に集中していて、そういえば、脇固めを振り解かれてから一度も、みぎりの腕を見ていなかった事に気付く。
 確かに、みぎりのコスチュームはパフスリーブになっていて、肩を露出していないが、今はそれが少しずれて、よく気をつければ気付けなくもない状態になっているし、そういえば、右腕での攻撃も一切受けていない。
「……そういう事」
 みぎりの馬鹿力で攻撃を受けて、苦しくても立ち上がる事ができた理由が分かり、冷静でいたつもりでも、実際はそうでなかった事を恥じるように、構えを戻す。
「あら〜、来ないんですか〜?」
 南が来ると思って、身構えていたみぎりも、拍子抜けしたように力を抜いた。
「ええ、事情が変わったわ……」


「それと、小川……助かったわ……ありがとう」

355 :てみた:2008/12/02(火) 03:55:15
6.

 みぎりの右腕は、決して調子がよくは無いようだ。だから、安心は出来ないが、左手側よりはまだ、攻撃を受け難いだろう。
「そんなに回ったら、目が回ります〜」
 みぎりも、南から目を離さないようにはしているが、時折素早く移動する南に、足がもつれてつんのめりそうになったりと、危なっかしい。
「……そろそろね……ふっ!!」
 飛び出すと、みぎりの 右腕を掴んで、投げようとする。投げる必要は無く、ただ、本当に痛めているのか確認し、隙を作る事ができればいい。
「あっ……させませ……っ!!」
 みぎりの右腕が力強く、振るわれ、南の体が弾かれるが、腕を振りぬいた動きがある一点で止まってしまっている。
「そう、肩が上がらないみたいね……」
「え゛……?」
 みぎりの声が、珍しく上擦る。図星を指されたのだと分かりやすい。
「弱みを見せてくれて、ありがとう……!!」
 長らく、使っていなかった気がするハイキックで、みぎりの腕を蹴りつける。
「ひっ!!」
 珍しく、本気で痛がった声が上がり、みぎりの右腕がガクンと、落ちた。
「決めるわ……!!」
 腕を掴み、素早く飛びつく。飛びつき腕ひしぎ逆十字で、みぎりの巨体が再び、マットに倒れた。
「あっ……いたい〜……離して下さい〜」
 暴れるみぎりも、今回ばかりは成す術がないようだった。
 手足を振り回しても南には届かず、動こうとするだけで激痛が走る。そんな状態で動かれたら、正真正銘の人外だ。間接がある生き物にできることじゃない。
「さあ、ギブアップしなさい……腕を、痛めるわよ……」
 最初から、手加減はせず、本気で極めている。普通の選手が相手なら、とっくに腕は使い物になら無い程の力だ。
 だが、みぎりの腕はその筋肉のせいか、極まってるはずなのに、それでもまだ粘る。南も、額の出欠がそろそろ、体力を奪って苦しくなってきたせいで、腕に力を入れて、極め続けるだけでも楽ではない。
「あっ、いたいです〜〜〜、いたい〜」
「っ……もう、知らないわ……!!」
 ゴキリ……音が鳴ると共に、みぎりの右腕から、完全に力が抜けてしまった。
「あっ……いやぁああああ〜〜〜っ!!」

356 :てみた:2008/12/02(火) 03:58:24
7.

「はぁ……あなたが、ギブアップしないから……」
 南も、ギリギリだった。だから、折る位の勢いで攻めた。その結果、肩が脱臼した。不本意な結果で、決していい試合ではなかったが、それでも、もう試合は終わったと、南が手を外して立ち上がろうとしたとき、その足が、異常に強い力で、締め付けられた。
「な…………あっ!!」
 ブン………………
 南の体が、文字通り投げ飛ばされ、ロープにぶつかってやっと、動きを止める。
 何が近いかと言われれば、ジャイアントスイング。それも、片腕で、倒れた相手に食らうとは思っていなかった。
「はぁ……っ……いたい、いたい……いたいぃ」
 みぎりが体を起こすと、目には涙を溜めて、腕の痛みに苦しんでいる。だが、試合が終わったという意識は無い。レフェリーもまだ、決着を宣言してはいなかったし、ルール上、試合は続いている。
「そんな腕で……何……ひっ!! ぐぇ……!!」
 体を起こした南が見上げた先には、延びてくるみぎりの片腕があり、それが喉を捉えると、口の中の唾液を吐き出し、気道を防がれて悶える。
「いたい……いたいです……」
 ギチギチ……頚動脈が圧迫され、ぷつりと、意識が飛ぶ。だが、意識が飛んだと気が付く前に、みぎりの腕が、南の体を、マットに叩きつけていた。
「かはぁっ……げっ……げほ……ごふっ……ごほっ!!」
 意識が覚醒すると同時に、流れ込んでくる空気に咽て、そして、口の中に鉄の味が広がっていく。
受身も何も出来ないまま投げ飛ばされたのだから、口の中を切ってもおかしくはない。だが、苦しみ咽び、血の混じった唾液を撒き散らす姿は、肩を脱臼したみぎりよりも、ある意味危険に思える。
 何より、南の相手こそが、一番の危険の発信源だった。
「南さんっ!!」
「いたいですけど〜……まだ、負けられません……」
 グシャ……
 南の肩が、容赦の無いストンピングで踏みつけられる。
「ひぎっ……あっ……ああぁ……」
 引きつった顔で横を見ると、踏みつけられた肩。その痛みは、じくじくと、時間が経てば経つほど酷くなっていく。指は動くし、折れている感触は無い、脱臼もしてないが、無事ではない。
「だって、折角のチャンスなんですから〜!!」
 足で踏みつけるだけでは埒が明かないとでも思ったのだろうか、飛び上がり、ヒッププレス。
 アイドルレスラーなんかがやれば、可愛らしいそれも、みぎりがやると、ただの殺人技だった。
「かっ……ごふっ!!」
 肋骨が歪み、激痛が走る。体が押し潰されて、アバラの一本も折れているかもしれない。
「だから〜、あなたなんかに負けられないんですよ〜」
 みぎりに、どんな戦う理由があるのかは分からないが、少なくとも、勝負はもう付いた。南は動けないし、すぐにでも病院に運ばなければいけない状態だ。みぎりだって、平気で暴れまわっているように見えて、酷い怪我なのは間違いない。
「あ……何……ああ……」
「前座の人は〜、さっさと負けて下さい〜!!」
 片腕でのベアハッグが、南の腰を締め付ける。
「あっ……ぐぅっ……ひっ……あああああああああっ………っ……ぁ………ぅ………」
 必死でみぎりの体をタップしようとするが、自由な腕は、先ほどのストンピングでまともに動かず、タップが出来ない。声は、肺を直に押し潰されるような締め付けで、空気が全て、体の中から吐き出されてしまう。
(こんな……勝てるわけ………)
 意識が薄れ、何も考える事ができなくなっていく中、みぎりの狙いが誰なのか、そして、自分が負けた今、この後何が起きるのか、最悪の結果が浮かんでくる。
(……逃げて……戦っちゃ……ダメ…………)
 あの高飛車で自分勝手なエースまでが、この化け物に倒されたらどうなるのか。少なくとも、市ヶ谷のカリスマで維持している現状のこの団体は、苦境に立たされてしまうだろう。
(……市……ヶ谷……)
 意識を失った南が助け出されたのは、それから大分後。レフェリーが我を取り戻してからだった。
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