396 :名無しさん:2009/03/27(金) 22:54:42
想像もつかない事態に出くわすと、身動きがまるっきり取れなくなるというのは本当らしい。

墨を溶かしたような真っ暗がり。その中心に、煌々と光るライトに照らされたリングがボゥッと浮かび上がっている。
その真白いライトの下で、ガリバーの物語から抜け出てきたような巨女が、エメラルド・グリーンのコスチュームを身に纏った美貌のレスラーをまるでパン生地をこねるような気軽さで振り回している。
リングを取り囲む闇にざわめくのは人の群れ。ニュースやら雑誌やらで目にした斯界の大物の顔もちらほらと混じった観客たちの歓声や怒声や嘲笑が渦巻く只中で、私はただ言葉を失っていた。


私は父の後継者として、大学を卒業するとそのまま父の会社に就職した……いや、させられた。
元々望まぬ職。いつの間にか遠くまで敷かれたレールに乗せられてしまったような気持ち悪さは拭えなかった。
日常の仕事は退屈な作業に思え、この出来の悪い後継ぎを見る社員たちの視線に侮蔑と冷罵をヒシヒシと感じていた。
灰色の日々。私のモチベーションは日を追うごとに落ちていった。

そんな私を、父が突然遊興に誘った。父がそんなことをするのは非常に珍しいことだった。
勝手に後継者にされたことへの憤りもあったし、それでも一応、父の期待になかなか応えられない己の力量不足に顔向けできないものも感じていたので私の方から父を避けていた面もあったのだが、その日は父の押しが妙に強く付き合わざるを得なかった。

「たまには気晴らしもいいだろう。ナァニ、俺についてくればいい。……いい物を見せてやるから」

……そして私は、この都心の地下深く、何百何千もの金が飛び交う巨大賭博の場となる闘技場に連れてこられたというわけである。
入り口の男が父に恭しく頭を下げると、そのままリングサイドにエスコートした。なにやら高級そうなスーツの男と親しげに話していた。どうやら父はここの『お得意様』らしかった。



リングの上は凄惨を極めていた。
もうグッタリとして戦う力の残っていない相手の足首を掴み、片腕で振り回し何度もリングに叩きつける巨女。
次第に早く、加速度的に遠慮というものを失くしながら、肉のはじける音が耳を侵していく。

幾度となく叩きつけられ膨らんだ血袋が破裂する残忍な音……。
したたかに打ち据えられ、ボリボリと砕かれる骨の冷酷な響き……。
一撃ごとに体をビクつかせ、喉を震わせる哀れな呻吟……。

あまりに残酷な、人を人とも思わぬ非道。
そしてそれを歓喜でもって迎え入れ、あまつさえ賭けの対象として弄ぶ人々の膨れ上がった狂気に、何かこみ上げるものを感じ私は思わず口を押さえた。

「フム。『表』のチャンピオンというからもう少しもってくれると思ったんだがネェ。…………どうしたね、押し黙って」

今までずっと黙って試合を観戦していた父に声をかけられた私は、父の方に向き直ることもなくボソリと呟いた。

「こんな…………有り得ない……なんと酷いことを…………しかもこんな、平然と…………」

「酷い? この地下プロレスを酷いだと? ンフフフフフ、面白いことを言うのだね」

「だって……だってそうでしょう? 殺し合い同然のことをさせてお金を賭けて、喜んで……。これじゃあまるで、奴隷だ」

「まるで奴隷? 何を言うんだね。彼女たちは正真正銘の奴隷だよ。……いや、『商品』と言った方が正しいな。彼女たちはここで戦い、我々を喜ばせるためだけに存在する『商品』だ」

「!!…………」

397 :名無しさん:2009/03/27(金) 22:56:28
謡うような声で傲慢極まりない言葉を紡ぐ父に絶句しながら、私の心の表面が粟立っていった。

「ンフフフフフ。その『商品』をここに置いてやっているのは我々だ。我々が求め、彼女等が応える。応えられないもの、応えようとしないものはこの舞台から消えるしかない。……お前も、そろそろ理解してきたのではないのかな? 本当はこれを望んでいたのではないのかな? ホラ、お前のその視線…………」

そう。私は、目前で繰り広げられている地獄のような惨劇から一瞬たりとも目を逸らすことが出来なかった。
ゴム人形のように伸びきった体を滅茶苦茶に蹂躙され、出血と痣で全身赤黒く変色した犠牲者の姿。
その姿に、私は手で覆ったその口をパックリと開け、悪鬼のごとき笑みを浮かべていたに違いなかった。
そうなのだ……。警告を発する私の理性とは裏腹に、心の奥底から形容し難い快感が湧水のごとく溢れ出ていたのだった。

ああ、この哀れな女を踊らせているのはこの私なのだ。
巨女はただの道具だ、媒介だ。彼女を嬲り楽しんでいるのは私たちの意志だ。
そうだ。この女の生殺与奪は全て私たちの手の中にある。
支配者の愉悦が私の全身で脈を打つ。
私ははっきりと理解した。これはひとつの装置なのだ。世界の縮図を見せる装置だ。そして、その装置は然るべき人間の手によってのみ動き出す。
それは私だ。私は選ばれたのだ。システムを動かす側の人間として、選ばれたのだ。

「……やはり、お前は私の息子だよ」

父の呟きが聞こえたような気がしたが、私はただ体を貫く喜びに打ち震えるばかりだった。

ふと、投げ捨てられた彼女の顔が目に入った。強い意志を伴った美貌は散々に潰れて腫れ上がり、意志ごとこそぎ落とされた豚面に変貌を遂げていた。
その豚面が、私と彼女の立つ岸の違いをことさら強調しているようで、なんだかとてもおかしく見えた。

その日を境として、私の中から一切の迷いが消え失せた。
鮮やかに色づき始めた日常。湧き出る自信に全身を躍動させる。同僚の視線などもはや気に留めることですらなかった。
私は選ばれた側の人間なのだから。羽虫どもに何を遠慮することがあるというのか。

そして、私は今日もあの場所に向かう。装置のスイッチを入れるために。私の世界をその手で動かすために。
動画 アダルト動画 ライブチャット