757名無しさん:2009/07/08(水) 16:38:28
1.

コーナーポストに身を預け、桜井千里は小さく溜め息をついた。

(いつまで続くのよ、このパフォーマンス)

柔軟は十分に済ませていたため、対戦相手であるミシェール滝のパフォーマンスを何気なく眺めること意外にすることがなかった。
滝が観客に向けて言葉を発するたびに会場からは割れんばかりの黄色い声援が飛び、会場に向けてバラの花を投げ込もうものならバーゲンセールの如き怒号が会場を席巻した。
とても、これから試合をする雰囲気ではない。久しぶりの他団体への殴り込みで気合を入れていた千里にとっては肩透かしを食らった気分である。

「ふふ、今日のバンビーノ達は元気だな。ん? どうしたね、ルーキー。ずいぶん表情が硬いじゃないか」
「私はルーキーじゃない。もう四年目よ」
「これは失礼。あまり表情が硬いので、緊張しているものとばかり」

自分に向けられる瞳は真摯なもので、おそらく本当にこちらのことを心配してくれたのだろう。
だが、その言葉は千里の胸に小さな引っ掻き傷を残す。

「私はあなたみたいにヘラヘラと笑ったりしないだけです」
「ヘラヘラ……か? 今日は憂いを含んだ儚げな笑みを演出したつもりだったのだが。そう見えてしまったのなら私も精進が足りないようだ」

元が舞台女優のせいか、その口調はどこかオーバーで役者がかっているのが特徴だ。
正直なところ、千里は滝のようなタイプのレスラーは苦手だ。レスラーと役者、レスラーとアイドル、その間を行ったり来たりするような売り方は本来のレスラーのあるべき姿ではない。
強くあってこそのレスラー。それが桜井千里のプロレスの全てだ。

「私は……私はあなたのようなレスラーが嫌いです。」
「そうか。だが、君の好き嫌いなどどうでも良い話だ。私の愛しいバンビーノ達が何を望むのか、それこそが唯一価値のあることさ。
 だが、君の言いたいことが分からないわけでもない。強さだけを求めてきたのだろう? なら貫いてみることだ、自分の意地を」

ミシェール滝の大仰な台詞が終わると同時にゴングが試合会場に鳴り響いた。

758名無しさん:2009/07/08(水) 16:41:03
2.

「中途半端なレスラーに負けたりはしない」

ぎゅっと拳を握り、身体と精神を一気に戦闘態勢へと移行させる。

(滝さんの得意技はあくまで派手な飛び技。なら、ここは打撃と関節で確実に威力を殺す)

短い呼気とともに間合いをつめ、強襲のハンマーパンチを繰り出す。
バックステップで距離をとろうとする滝を軸足で跳ぶ距離の長いミドルで追撃し、着地と同時に方からタックルを仕掛け一気にコーナーポストまで追い詰める。
滝の脚めがけローキックを放つ。続けてワン・ツーと掌底を顔面へ打ち込み、ボディへの攻撃も織り交ぜラッシュを続ける。

(よし、亀になった)

顔面への攻撃はほとんどガードされているが、顔を守るために両腕をあげているため視界はかなり狭くなっているはず。
相手の視界に入り込むため、身体を右に振りボディブローを打ち込もうとした瞬間、視界の端に何かが映る。
とっさにバックステップで距離をとった千里の目に映ったのは、必殺の打ち上げ掌底を避けられ呆然とする滝の姿だった。

「良い眼を持っている。パーフェクトなカウンターだと思ったが」

滝の言葉など、耳には入っていない。千里自身も驚いていた。あのラッシュのなか冷静に反撃のチャンスを待っていたとは。

(迂闊に攻めてカウンターをもらうのは面白くない)

滝が放ったカウンターの掌底はダメージこそ与えることはなかったが、千里の中にカウンターをもらう恐怖を確実に刻み、積極的なファイトを奪う結果となった。
千里は無理に間合いを詰めず牽制のローを出しつつ隙を伺う戦法へと方向転換をする。

「もうお疲れかな、仔猫ちゃん」
「そんな安い挑発にはのるほど馬鹿じゃないわ」
「なら、私からいかせてもらおう」

ジリジリと間合いを詰める滝を迎え撃つべく、千里は全神経を集中し相手の一挙手一投足を見張る。

(来る!)

相手の重心の移動からローキックと判断し、ローカットせずに筋肉に受け止め反撃するためにあえて一歩踏み出す。
だが、滝の放ったローキックは軌道を変えて当たることはなかった。

759名無しさん:2009/07/08(水) 16:42:26
3.

(スカッた? いや、フェイント!?)

スカされたのは自分だと気付いたときには、胸部に痛烈なローリングソバットが受け、衝撃で後退してしまう。

「グェッ」

バランスを崩しノーガードになったところを、さらにダビングエルボーで追撃されコーナーポストまで吹き飛ばされてしまう。
ドンと背中に硬い感触が伝わる。だが、冷や汗を流す暇さえ与えられずコーナーでニーリフトによるボディ攻めを受け、内蔵を痛めつけられる。
五発目のニーリフトをくらった時点で、千里は内臓を手酷く痛めつけられ、コーナーを背にしていなければ今にも倒れ込んでしまいそうなほどだった。
だが、滝は無常にも肩で息をしている千里の胸部めがけて串刺しのドロップキックを敢行し、胸を激しく打たれた千里は糸が切れた人形の如く倒れ込んでしまう。
胸部への痛撃と内臓へのダメージのため、呼吸が整わず喘ぐように酸素を求める姿は明らかに限界を告げていた。

「この程度で倒れてもらっては困るのだが。……君はずいぶん打たれ弱いな」
「ゲハッ、ゲホ」
「ああ、無理に話さなくて良い。原因は承知しているつもりだ。入団一年目から勝つことを意識しすぎてディフェンス技術を疎かにしていたのだろう。
 打撃系の団体で一年目から勝とうと思えばラッシュで攻め落とすか、隙を見てカウンター狙いで行くしかないからね」

まるで、名探偵の当につらつらと語る滝の推理は大体当たっていた。
千里が入った団体は打撃系の団体で、キックボクサーや空手などの格闘技経験者が多く、ルールもプロレスよりも立ち技系格闘技に近いものだった。
そんな中で成長してきたため、千里の戦い方は勝つときは勝つが負けるときは手酷く負けるというスタイルになってしまったのだ。

「今回のことを教訓に神田君か斉なんとかさんに精々殴ってもらうことだ。……では幕にしよう」
「まだ、まだ……戦ぇ」

千里はマットを掻き毟るようにもがき必死で立とうとするが、力が入らず倒れ込んでしまう。

「もう闘えまい。そんな君を嬲ったところで私のバンビーノ達は喜ばないのでね。私も残念だ。嬲られ、卑しめられボロボロになった私が不死鳥の如く復活する姿をお見せしたかったのに。君では少々力不足のようだ」

なんとか四つん這いになったところで、脇腹に蹴りを入れられ仰向けに転がされてしまう。
ライトが眩しい。会場の歓声が大きくなる。

(神田さんに特訓に付き合ってもらうように頼んでみよう。ディフェンスは一人じゃできないから)

トップロープから飛び立ったミシェール滝にフライングボディプレスをきめられるまでの短い間、千里はそんなことを考えていた。
やがて、身体全体に許容を遥かに超える衝撃が加わり、千里の視界は暗転した。

760名無しさん:2009/07/08(水) 16:43:51
4.

決して満足のいく試合内容ではなかったが、最後の『天空の羽衣』は愛しのバンビーノ達の心を掴み、今もなお惜しみない声援が送られている。
滝もそれに応え、華麗にポーズをきめて気障な台詞で女性を酔わす。
だが、そこで一部の観客がざわついているのに気付く。その視線は自分ではなくマットに横たわる少女に向けられているように思えた。

(なんだ?)

一部の観客の視線に沿ってマットに眼を向ければ、白目をむいて裏返ったカエルのように気絶している少女の股間から染み出す黄色の液体がリングを汚していた。
その醜態に気付いた向こう側のセコンドが慌ててリングインしタオルなどで局部を隠している。

(馬鹿な!? 失禁してまで私に集まった注目を奪っていくとは、なんと見上げたプロレス魂だ)

自分もまだまだ精進が足りないなと、ミシェール滝は感慨深げに眩しいライトを見つめる。

「否、実践あるのみ」

滝の小さな決意はざわめきの広がる会場に吸い込まれ、消えていった。

後日。自分を失禁させてくれ、と自団体の選手に頼みまくるミシェール滝のはた迷惑な行為に、東京女子プロレスの経営陣と選手達が頭を抱えたのは言うまでもない。
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