422 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:28:24 ID:FMeipCos
全然流れと関係ないのを書いてみたんですけど。
外道社長の流れでひとつ。
なんか余分なものが多いんだけど折角だから投下しますね。


栗浜亜魅vs寿零

栗浜亜魅は不機嫌であった。
目の前には今、敬愛する主に牙を剥く裏切り者が立っている。
寿零。地下闘技場の掟に逆らい、復讐などと称して天に唾する愚か者。
そして何より、ご主人様の心を乱す紛い物。
タオルを頭から掛けたまま目を伏せている零に向かって、栗浜はありったけの敵意を込めた視線を叩きつけた。

かつて、この団体の看板選手だった寿零が反旗を翻し、単身抗争を開始してから数ヶ月。
一時は継続して参戦していたが、とある試合を境にパッタリと姿を消していた彼女から、久々に連絡が入ったのだ。
『団体の正選手と試合をしたい』と。
団体側はこの申し出を即時に了承。そこで、零の迎撃として白羽の矢が立ったのが、栗浜亜魅だった。

「適任は君しかいない。打撃系の料理はお手の物だろう?」

社長から直接指令を受けて、栗浜の心は踊った。やはりご主人様は私を頼りにしていると。
だが、栗浜は見てしまったのだ。

「しかし零のヤツ、あくまで試合で私たちに勝ちたいらしい。闇討ちでも何でも歓迎なんだがな」

そう語る社長の、楽しくて楽しくてたまらないといったような表情を。まるで、遠足を前日に控えた子供のような、ワクワク感に満ちた笑顔を。
そして、それは戦いのスリルから来るものでも、邪魔者を叩き潰せる喜びでもなく、相手が零だからということが、栗浜にはわかってしまった。
こんな顔、私には見せてくれたことはない。
抑えることのできない嫉妬の炎が、栗浜の身を焦がしていた。

「貴方は許さないわ。消し去ってやる……ご主人様をたぶらかす紛い物め」

暗い怨念のこもった声が響く。呪詛のような栗浜の声に、今まで視線も合わせようとしなかった零が初めて顔をあげ、ポツリと呟いた。

「……消えるのは、そっちだ、よ」

栗浜の奥歯が軋みを上げた。

423 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:29:30 ID:FMeipCos
試合開始のゴングが鳴り、互いに互いの方へ向き直る。
零の構えを見て、栗浜はほう、と目を丸くした。
ガードを上げて上体を伸ばしたアップライト・スタイル。
ボクシングベースの選手だと聞いてはいたし、ここの闘いはシュートマッチが基本だから、このような構えを取るのは予想できなかったわけではない。
しかし、全身から無駄な力が抜けており、重心のバランスも完璧。顎・脇・ヒザ、全ての部位に隙がない。
これに比肩する構えといったら、それこそ神田幸子ぐらいのものだろう。
素人目に見ても美しい構えは、そのまま零の打撃レベルの高さの証明でもあった。

(でも、どんなに磨き上げようとも、打撃は私には通じない)

栗浜は不敵に笑った。
ストライカーにとって何よりもきついのは、初弾を崩されることだ。
高いレベルになればなるほど、技の入りが重要となる。コンビネーションが不可欠な打撃系ならなおさらだ。
そのコンビネーションのきっかけとなる初弾を崩されることは、つまりはコンビネーションを封じられることであり、それはそのままフェイントの無効化、ひいてはゲームプランそのものの崩壊につながる。
栗浜は、相手の初弾を崩すことが抜群に上手かった。打撃スキル自体は特に優れてはいない、むしろ下手な部類である。しかし、類稀な観察力と反射神経でもって初弾を確実に捌き、間合いを潰し、相手の攻撃を機能不全に陥らせることが何より得意だった。
体格に恵まれない栗浜が生き残るために身につけたこの技術で、彼女は何人ものストライカーを闇に葬ってきたのだ。

「シッッ!!」

小さく息を吐き、重く鋭いジャブを繰り出していく零。ヘビー級を逸脱したスピードと、ヘビー級でしか有り得ない威力を併せ持ったこの優秀なリードブローで間合いを制圧するのが零のシュートマッチでの戦法である。
推測どおり、いやそれ以上の打撃のキレに思わず後ずさる栗浜。なるほど、並みのレスラーならこのジャブに阻まれて接近することすらできずに沈められてしまうだろう。

(でもね)

小気味よいジャブの連打を丁寧に捌きながら、栗浜は零の全身の動きを捉えていた。
呼吸、ステップ、筋肉の収縮。さまざまな因子が組み合わさり、栗浜の中でひとつの解答を導き出す。

(タイミングは掴んだわ……逆に追い込んであげる!)

零のジャブの始動するタイミングで思い切り踏み込み、空間を潰す。
驚いたように目を見開く零。突き放そうとジャブを続けるが、間合いが悪く窮屈だ。逆に、タイミングを合わせられどんどん踏み込まれてゆく。栗浜の前進を止めることができない。
ズルズルと後退し、気付けばコーナーまで押し込まれていた。

「ご主人様が随分とご執心のようだったから、どの程度のものかと思っていたのだけれど」

口の端を歪ませ、栗浜は底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「所詮は紛い物ね。どんなまやかしを使ったのか知らないけれど、ご主人様もこれで目が覚めるでしょう。そう……貴方ごときがご主人様の心を奪うなど間違いでしかありえないわ」
「…………ふぅん、そう………」

知ったことではないといった風の零の応答に、栗浜は血が沸騰するような感覚を覚えた。
誰のせいで、私の悩みが深くなったと思っているのだ。誰のせいで、ご主人様が私の方を向いてくれないと思っているのだ。
私に追い込まれているくせに……私より弱いくせに!

「もういいわ……長引かせる気はないの。…………消えろ、紛い物」

424 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:30:32 ID:FMeipCos
重心を落とし、コーナーの零に向かってジリジリと間合いを詰めていく栗浜。組み合いに応じるならばそれもよし、打撃ならば初弾をすかしてタックルを決めるまで。
将棋で言うところの王手。試合の主導権は、完全に栗浜が握っていた。

零の右手がひときわ硬く握りこまれるのを栗浜は見逃さなかった。
ジャブをいくら打っても潰される。ならば、一か八かのハードブロウで逆転を狙うといったところか。
零の狙いを見て取った栗浜。腹の底から笑いがこみ上げてくる。

(馬鹿なヤツ)

学習能力がないのだろうか。ジャブでさえ無効化されるのだ。大振りのパンチなど、タックルを決めてくださいと言っているようなものなのに。

「シィィッッ!!」

予想通り、力のこもった右ストレートをフルスイングする零。栗浜は体を深く沈め、零のパンチを空転させると、そのままタックルを仕掛ける。
このままグラウンドに引きずり込み、関節で一本。いや、それだけでは飽きたらない、この生意気な女を何度も絞め落とし、生き地獄を味わわせてやろう。
栗浜の華奢な腕が零の腰に伸び、肩口がその体に触れる――――――その刹那。

ガコッ!

栗浜の頭が大きく跳ね上がった。
ワインレッドの綺麗な瞳に斜がかかり、焦点を失う。

「……う………あ?」

瞬間、視界が真っ黒に染まり、世界が静寂に包まれる。しかしそれも一瞬。何かに顔が当たるような感触に意識を取り戻す。
顔を零の脚につけ、両腕を回してしがみついているようだ。口の中が血の味で一杯で、たまらなく不快だ。

(いったい……何を、された……の……)

衝撃に捻じ曲がった視界のまま、周囲を見回す栗浜。
確かにフルスイングのストレートを空振りさせたはず。間合いもしっかりと潰したはず。あの体勢から有効な攻撃など出せるはずが……!!
そのとき、栗浜の視界の端に飛び込んできたものは、零の左拳。薄手の黒いオープンフィンガーグローブが何かに濡れてテラテラと光っている。血だった。

(まさか……あそこから、左の返しを打ってきたというの……)

とても信じられないが、零の左拳を濡らしている血が何よりも雄弁に語っていた。
零は、右ストレートをかわされた瞬間、体を思い切り捻じって右腕を引き戻し、その勢いで左のアッパーを返したのである。
栗浜のタイミングは完璧だった。零はストレートを思い切り振り切っていた。普通ならば返しはとても間に合わないはずだった。
しかし、零は抜群の体幹の強さと瞬発力で、見事に栗浜を迎撃して見せたのである。

425 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:31:44 ID:FMeipCos
(なんてヤツ…………でも)

栗浜はふらつく脚を踏ん張り、零の左脚に回している両腕に力を込めた。
無意識のうちに相手と密着することに成功したのは幸いだった。ダメージは深いが、ここからならまだ何とかなる。
零の左脚を抱え込み、重心を崩していく。
片足を上げてケンケンの体勢を取らされながら、しかし零は倒れない。打撃技術だけではない、抜群の腰の重さに栗浜は思わず舌を巻いた。

(でも、倒せないなら倒せないなりのやり方があるのよ)

抱え込んだ左脚のかかとを脇に挟み、腕を回してロックする。そのまま飛び上がり、脚を絡めて一気に引き倒す。
飛びつきアキレス腱固めとでもいうのか。倒れこむ勢いに任せてアキレス腱を引きちぎらんとする栗浜。
リングに倒れこんだ瞬間、ブチンという鈍い音とともに、アキレス腱が断裂する感触が栗浜の体に伝わった。
ただし、それは予想もしていないところから。

「いぎっ……あああああああああああっっっ!!?」

身を焼くような激痛が栗浜の全身を貫く。はっきりと破壊されたことがわかるほどの痛みに絶叫する栗浜。
痛みの発信源である左脚には、零の両腕が絡みついていた。
栗浜がアキレス腱固めを仕掛けて、リングに引き倒した瞬間に、その絡めた左脚を逆に取り返して、アキレス腱固めを掛け返したのである。

「嘘、嘘よ……!! こんな……有り得ない…………うああああああっ!!」

栗浜は完全に混乱していた。
自分の領分であるグラウンドで、しかもストライカー相手に遅れをとったことは勿論である。
しかしそれ以上に、完全に零のゲームプランを崩したと確信した矢先のカウンターパンチ、さらには先んじて仕掛けたはずの関節技を逆に返されてアキレス腱を捻じ切られたことが栗浜の混乱に拍車をかけていた。
常に先手を取っていたのは自分のはず。しかし、現実にリングの上をのた打ち回っているのは自分だ。

(全部…………返される…………!?)

恐れにも似た感情が、栗浜の心に立ちこめていた。

「……全然、駄目」

ゆっくりと立ち上がると、小さく呟く零。

「……小鳩ちゃんのほうが、速かった……小鳩ちゃんのほうが、上手かった……小鳩ちゃんのほうが、強かった……!!」

言葉から、痛ましさがにじみ出る。もはやリングに上がれぬ親友のことを思い返していたのか、常に沈着冷静、闘いに心を乱すことのない零がこのときはひどく悲しそうに見えた。
しかし、揺らいだのもほんの一瞬。悲痛さのにじんだ表情はまた能面のように感情を失い、冷たい空気を身にまとう。

「もう、いいよ、ね……もう、終わらせる、ね」

冷たく言い放つと、リングに倒れたままの栗浜を粉砕せんと歩を進めた。

426 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:32:45 ID:FMeipCos
「うっ……くっ……」

痛みと混乱で立ち上がることのできない栗浜だったが、零が自分に接近してくるのに気付いて、視線をどうにか零に向けた。

何か得体の知れないものがそこにはいた。
その大きな体は逆光でシルエットとなり、影がゆっくりと迫ってくるようだ。そしてその頭に当たる部分には、黄色く光る二つの瞳。
それはまるで、標的を捉えて離さないサーチカメラのようで、およそ人間らしさから遠く離れたように見えた。
――――――――――――殺戮兵器。

逃げろ。本能がささやいた。このまま捕まったら、とんでもないことになる。

栗浜は必死になって手足をばたつかせた。恥も外聞もない、早くこのリングから逃げなければ。
しかし栗浜の意に反して、その手は震え、脚は滑り、リングを噛むことができずに空転し続ける。
いつも闘っているリングなのに、今の栗浜にはリングサイドまでの距離がとてつもなく長く、そしてパノラマのように広く感じられた。

突然、影が大きくなった。
立ちの状態から、いよいよ栗浜を押さえつけんと、零が覆いかぶさっていく。

「嫌……いやぁぁぁぁぁっ!!」

左脚の痛みも忘れて、下から零を蹴りつけていく栗浜。しかしそれは、キックなんていう上等なものじゃなく、駄々っ子が脚をじたばたさせるような、形も何もない必死の抵抗。
ただ、助かりたい。栗浜の思考は恐怖に塗り潰されていた。
しかし、滅茶苦茶に振り上げられる栗浜の脚を、零はあくまで冷静に見ていた。上体を振って巧みにかわしながら、体を栗浜に押し付け、組み伏せる。
上からグイグイと圧力をかけると、零の体とリングに挟まれ、栗浜は身動きが取れなくなってしまった。
捕まった――――――栗浜がそう認識した刹那、零の拳が引き絞られ、今にも振り下ろされんとするのが目に入った。

「ひっ」

慌てて両腕で顔面を覆うようにしてガードの体勢をとる栗浜。そのガードの上から、零の重いパウンドが降り注ぐ。
栗浜のガードはまさに渾身だった。これ以上ないほどに腕に力を込め、蟻の這い出る隙間もなくピッチリと門を閉じる。
しかし、そんなことはお構いなしに零はその豪腕を叩きつけていく。栗浜は、まるでプレス機にかけられたように感じていた。
ガードしている腕がひしゃげ、骨が折れてしまいそうだ。しかし、ガードを解くわけにはいかない。これを破られたら、完全に終わりだ……!
栗浜は、両腕を差し出す覚悟を決めた。
だが、その覚悟は零の次の一手で簡単に破られることとなる。

427 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:34:06 ID:FMeipCos
「ぐおうっっっ!?」

ミシリ、と鈍い音が走った。一拍遅れて、痛みがさざ波のように全身に広がっていく。体が一気に重くなるようだ。
栗浜のわき腹に、零の拳が深々とえぐり込まれていた。
一撃で呼吸が止まり、体が苦痛に支配される。
そして、当然この一撃で零の攻撃が止むはずはなかった。
レバーを打ち抜き、胃袋を潰す。レスラーとしては華奢なボディに次々と突き立てられる零の拳。

「がっ、ぐぅっ、ぐおっ! あっがあっっ!!」

栗浜は、焼けた鉄の棒を何本も何本もボディに突き刺されるような錯覚を覚えていた。
鈍い痛みが抑えられないほど全身を蝕んでいる。息ができない、苦しくてたまらない。このままでは壊れる!
思わずガードを解き、ボディを押さえる栗浜。
しかし、それが零の狙いだった。
がら空きの顔面に、ここぞとばかりにパウンドを落としていく。

「あぎっ!? がっ、ぎゃっ!! ひっ、ぎいぃっっ!!」

強烈な衝撃に、思わず意識が遠くなる。必死でガードを上げ、追撃を押し留めようとする栗浜。しかし。

「ぐほおぉぉぉぉぉっっ!!」

ボディがお留守とばかりに炸裂するリバーブロー。
激しい痛みと強烈な嘔吐感に、ボディをかばわざるを得ない栗浜。それはつまり、顔面のガードを解くということ。

「が……はぁっ………………」

その整った顔にめり込む重い打撃。

ボディを守れば、顔面を狙われる。しかしガードを上げれば、内臓を破壊される。
どん詰まりの救いなし。逆転の手段は果てしなく皆無であることを、栗浜は理解してしまった。
そして、恐怖が絶望へと変わるのに、それほど時間は要さなかった。
パウンドの豪雨に痛めつけられ、全く抵抗できなくなった栗浜。頭を抱えて身をよじり、可能な限り零に背を向ける。
すると、栗浜は右腕を開き、リングをバンバンと叩いた。

「ギブアップゥ!! ギブアップですぅぅぅぅぅぅっ!!」

会場に、降伏宣言が響き渡った。あまりのことに、零も思わずその手を止めてしまう。
この闘技場はそもそもレフェリーが存在せず、3カウントもなければギブアップも許されていない。どちらかが戦闘不能になるまで闘い続けるのが唯一のルールである。
そのことは、ここで闘うものならば誰もが了解している掟だ。
しかし、栗浜の心の中で、絶望が掟を凌駕してしまったのだ。

「お……ねがい、許して…………もう、ゆるしてぇぇぇぇぇぇ…………っ」

噛み合わない歯をカタカタと鳴らし、目に一杯の涙をためしゃくりあげる。
股の辺りがじんわりと染みをつくり、リングを濡らしていく。失禁である。
そこにいるのは、黒魔術師として恐れられたヒールレスラーではなく、一人のか弱い少女だった。

428 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:35:10 ID:FMeipCos
「……そんなの、勝手だ、よ……!!」

ポーカーフェイスだった零の顔が、はっきりと紅潮していく。
それは疲れからでも、興奮したからでもなく、怒り。
自分達が『生贄』たちに何をやってきたのか、小鳩に何をやったのか。
いまさら許しを請うなど、あまりに虫が良すぎる話ではないか……!

怒りに身を震わせると、零はかつてないほど荒々しく、栗浜の顔面を横殴りに殴りつけた。
背けていた顔が、打撃の衝撃で仰向けになる。血と汗、涙が飛び散り、キラキラと輝く。
真ん丸く見開かれた目からは光が消えうせ、まるでガラス玉のようだ。
そのとき栗浜は、ライトがいやにまぶしく感じていた。痛みは急に消えていた。
呆然と天井を見上げる栗浜の視界を、黒い影が埋め尽くしていく。影は、拳の形をしていた。

栗浜の体から全ての力が抜けたのを感じると、零はゆっくりと、その拳を栗浜の顔から引いた。
赤黒く腫れ上がった顔。かすかに開いた目は白くひっくり返り、大の字に伸びきった全身は小刻みな痙攣を繰り返す。
哀れな姿を晒す栗浜を一瞥すると、零は軽くうつむいた。
その表情には、さっきまでの怒りは消えうせ、なんともいえない物悲しさを漂わせていた。
零はうつむいたままリングを降りると、観客席から巻き起こる、零への賞賛と栗浜への嘲笑の声を掻き分けるように、花道の奥へと消えていった。

429 :名無しさん:2009/12/20(日) 21:36:19 ID:FMeipCos
「……ん…………?」

栗浜が目覚めたとき、そこは四方を壁に囲まれた薄暗い部屋だった。
どうやら床に敷かれたマットに寝かされていたらしい。あまり質のよくないマットのようだ。背中が痛い。
ゆっくりと身を起こそうとするが、ボディがズキズキしてなかなか起き上がれない。散々打たれた顔は熱を帯びている。
左脚は……動かない。腱はやはり切れている。
それより……何故、自分は治療もされずにこんなところにいるのだろうか、と栗浜はいぶかしがった。
この団体は、確かにプロレスラー同士の明日なき潰し合いを売りとしている。しかし、使い捨てにするばかりでは団体の屋台骨自体が崩れていまう。人材は限られているのだ。
そこで、この団体では正選手登録制を採っている。ファイトの内容や本人の資質その他もろもろによって認められたレスラーは正選手として登録される。
正選手は、正選手同士のランキング戦、外敵撃退、殴りこみ、『生贄』の料理を主な活動内容とする。
そして、負傷した場合は優先して治療を受けられる特権を持つのだ。
だとすれば、正選手である自分が放置されているのは何故だろうか。栗浜は不安になった。

「……目が覚めましたか」
「あ……霧子さん……」

声のほうに目をやる。そこには、社長秘書である井上霧子が立っていた。
少々きつい感じのする美人で、その視線に見透かされるような気になるといって苦手にしているレスラーも多い。栗浜もその一人だ。

「…………申し訳ありません、負けて、しまいました……」
「……………………………」

霧子の目が、じっとこちらを見つめている。その視線に、いつにも増して冷たいものを感じ、栗浜は縮こまった。

「もう、あんなことにはなりません。次こそは、しとめて見せます。次こそ……」
「次はありません」
「……え?」

底冷えするような声に、ドキリとする。いやがうえにも立ち上る悪い予感に、栗浜は身を硬くした。

「栗浜亜魅。本日付で、貴方の正選手登録を解除します。社長からの命令です」
「な…………!!」
「相手に許しを請うような腰抜けを側に置いておくことはできない、ということです。」
「そんな……!! 確かに今日は失態でした!! ですが、相手の手の内もわかりましたし、二度とあんなことには!!」
「恐怖を覚えたレスラーが、この闘技場で闘えるとでも? 社長は全てわかっておられるのですよ、貴方が今日の試合で何を感じたのか。貴方に克服できるとは思えない、とも」
「……ッ…………ッッ!!」

思いもよらない言葉に、体の震えが止まらない栗浜。座り込んでいるマットの感触は消えうせ、目の前がチカチカする。

「そんな……そんな……私は、今まで、社長のために…………ッ」
「…………前座からやり直すのですね。では、また会うことがあれば」

クルリと踵を返し、部屋を出て行く霧子。パタン、とドアが閉められるのを栗浜は呆然と見送っていたが、次第にその目から涙が溢れ出した。
分かってしまったのだ。自分は捨てられたのだと。全てを捧げた主に、捨てられたのだと。

(同じになってしまった……あの紛い物どもと、私は同じになってしまった……!!)

床に突っ伏すると、栗浜は、声を上げて泣いた。全ての感情が決壊したかのように、涙を滝のように流し、大声で泣き叫んだ。

「うううっ……うあああああっ………ああああああああああああああああああっっっ!!」

地下の一室に、悲痛な叫び声がいつまでも響いていた―――――――――。
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