512 :名無しさん:2010/01/10(日) 00:01:02 ID:iQwl6B.g
「神田……幸子選手、ですよね。WOLFの」
斜陽を遮るものがなにもない河川敷。ロードワーク中にそう声を掛けられた神田は足を止める。
顧みると男が立っていた。一人だけ。あたりに他の人影は一つもない。
「私、あなたの大ファンなんですよ」
強烈な西日が目に染みる。男の表情は影になって神田からは見えない。
「ありがたいことですが、サインなら今は勘弁してもらえませんか」神田は目を細めながら言った。「トレーニング中ですので」
すると男は唐突に笑いだした。哄笑。違う、洪笑だ。堰をきって溢れ出た笑いの洪水。
まるで獣の遠吠えのようだ、と神田は思う。
「つれないな。いや、本当につれない。ファンは大切にするものですよ、神田選手。それがプロというものだ。そして、世界中のどこを探しても私ほどあなたへの想いに焦がれている人間がいるとは思えない」
神田はJ.D.サリンジャーの短篇『笑い男』を想起していた。
弾丸が撃ち込まれて死んだと思われた仮面の怪人が、不用意に近づいてきた探偵親子に対して放つ恐ろしいあの笑い。
撃ち込まれた四発の弾丸を笑いと共に吐き出し、探偵親子の心臓を弾けさせた。

513 :名無しさん:2010/01/10(日) 00:02:43 ID:???
笑い男の仮面の下には隠されていたのは醜い素顔と死、そして、ごく僅かな身内にだけ示される優しさだった。
何故、今、その話を思い出したのだろう。
「本当に分からないのですか?」神田が自問に対する答えを導く出す前に、男が続けた。
「募りに募ったあなたへの想いが、この私を地獄から蘇らせたんだ」
気配が増えた。それもあからさまな敵意に満ちている。神田は咄嗟に握った拳を背後に振るう。しかし、返ってきたのは拳への手応えではなく、腹部への衝撃。
不意のことで腹筋が緩んでいた。容赦ない衝撃が神田の胃を襲い、吐瀉せずにはいられない。
「こらこら、手荒な真似はするな」思わず膝を折る神田に向かって、男が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「くれぐれも丁重にお連れするようにあれだけ言っておいたのに」
西日の緋色の中、神田を見下ろしている影は四つ。追撃をかけてくる様子はないが、先手を取られ内蔵にダメージを受けた今の状態では素人相手だとしても男を入れて五人に応戦するのは厳しい。

514 :名無しさん:2010/01/10(日) 00:04:18 ID:???
大丈夫ですか、と覗き込んでくる男。その顔をようやく視認して神田は目を剥く。
「おぉ、その様子だと思い出して頂けたようで」
男は嬉しそうに言った。
「えぇ、実はですね。私、不運な事故に襲われて、長いこと病院暮らしだったんですよ。それで総てを失いましたが、心機一転、再出発の準備がようやく整いまして。辛かったですよ、お医者様にも生きているのが不思議と言われるほどの大怪我でしたから。でも、乗り越えられた。あなたのおかげで」
これはあなたにお礼をしなくちゃならないと伺った次第なんです。
そう言って男は、いや、かつて外道社長と呼ばれた男は柔和な笑みを浮かべた。
「今日は記念すべき団体再立ち上げのイベントがあるんです。メインは勿論、神田選手、あなたですよ。うちの連中は久々の復帰戦になるので神田選手にはハンデを負ってもらいますからね。両手両足を拘束しての1対4変則デスマッチ。なに、神田選手なら楽勝でしょう。一度、こてんぱんにしてる連中ばかりですから」
神田は必死に逃がれようとしたが、外道社長の横に立った巨躯によって乱暴に押さえ付けられる。

515 :名無しさん:2010/01/10(日) 00:05:14 ID:???
「そうそう、試合の後にはファンとの交流イベントも用意しているんです。そこが前とは違うところで、新たな顧客の開拓を―」
その先は神田の耳には聞こえていなかった。
突然、頭に被せられた布袋。
薬品かなにかが染み込ませてあったらしく、妙な刺激臭を感じたきり神田の意識は闇へと急降下していった
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