647641 1/5:2010/02/24(水) 03:40:00 ID:???
「青かったコーナー」


 その試合は熱狂と喝采の中に終わった。



 --WARS×WWCA =Death†Match=--
 ――それが、今シーズンのWARSが打ち出した興行のタイトルである。要は大規模なWWCAとの交流戦であるが、『妥協なきプロレス』を標榜するWARSらしいシンプルかつ物騒な御題目だ。
 その交流戦の初日。セミを飾るシングルがたった今、終わった。

     サンダー龍子 対 リリィ・スナイパー

 ヘビー級パワーファイター同士の、問答無用のビッグ・ファイト。
 ゴングが鳴るや否や、力と力がぶつかり合う怒涛の試合。
 スープレックスのテクニックで勝るリリィがじわじわと龍子を追い込むも、龍子は不気味なまでの精神力でカウントをことごとく2.9で押しとどめ。
 最後にはテクニック諸共粉砕する龍子のパワーが押し勝ち、30分を超える熱戦に終止符を打った。
 鉄柱へのドラゴンスープレックスを食らった龍子も、雪崩式プラズマサンダーボムからの三連続ボムで試合を決められたリリィも、当然のように満身創痍である。それぞれがWARSの若手二人に両肩を抱えられ、割れんばかりの拍手と声援の中、彼女たちはリングを後にした。

「後は、任せたよ」

 そして、奇しくも。
 セミを戦った二人は、それぞれの控え室へと戻る廊下で同じ意味の言葉を発した。
 リリィ・スナイパーはコリィ・スナイパーに。
 そしてサンダー龍子は、小川ひかるに。



「ただ今より、本日のメーンエベント!
 WWCA認定 世界ジュニアヘビー級、タイトルマッチを行ぃます!」

 異例のマッチメイクである。
 小川のタイトル挑戦、それ自体はジュニアベルトということを考えれば妥当なものだ。
 だが、世界タイトルが掛かっているとはいえ――敢えて悪し様に言えば――所詮はジュニア。龍子対リリィがシングルで行なわれれば、ノンタイトルでも普通はそちらがメインになる。
 龍子を差し置きメインを張ることに、一番驚いたのは小川自身だった。
 WARSのマッチメイクは、石川の助言による所も大きいものの、エースである龍子が最終的な決定権を持つ。背広組のフロント陣の反対を抑えて、この注目の集まるシリーズ開幕戦のセミとメインをマッチメイクをしたのも、やはり龍子だ。
「どうも私や涼美を筆頭に、WARSのレスラーは力任せのファイトしかしない、と思われてる節がある。ひかるなら、そうじゃない、それだけじゃないって所を、この大舞台で見せてくれる筈だ」
 そう公言する龍子を見て、石川はくすくすと笑いながら小川にだけそっと耳打ちした。
「勿論、あれも本当ですけどね。
 それ以上に、龍子はひかるさんに感謝してるんですよぉ……業界トップの新女で続けていく道もあったのに、このWARSの旗揚げに参加してくれた、ひかるさんに」
 カードに私情を挟むなんて、いけない子ですよねぇ、と言って石川は微笑んだ。

 ――思い返すだに、胸が熱くなる。
 ワールド女子の崩壊後、仇とも言える新女に入った自分。フリーのクラッシャーとなり、団体と渡り歩いて名を売る龍子の姿を目の当たりにしても、その道なき道の見えない先を恐れ、後に続く勇気を持てなかった自分。それがWARSという実を結んだのを見て、ようやく慕っていた彼女の元に顔を出せた、自分。
 そんな自分に、世界タイトルのチャンスを。それも、メインイベントで与えてくれた。
 セミの熱戦で、観客のボルテージは最高潮だ。
 ここで、この舞台で戦えと、サンダー龍子に任されたのだ。
 この試合だけは、絶対に、何が何でも、負けられない。

648641 2/5:2010/02/24(水) 03:41:35 ID:???
 そして、リング上。
「ヘイ! アナタ!」
 WWCAタッグ・ジュニア二冠王者コリィ・スナイパーは、リングインして早々に、先にマットに上がり決意を固めていた小川を指差し、睨みつけた。
 言葉を続けることも無く、ただ一本の指と一つの視線だけで掛けられるその威圧感。
 ただ事ならぬその雰囲気に、盛り上がっていた会場もしん、と静まる。
 コリィには、熱がある。
 その熱に負けないだけの熱を心に持った小川は――

 ぷい、と彼女からそっぽを向き、自分のコーナーへと戻った。

 ――負けられない。だからこそ、冷静にならなければならない。
 小川も軽快なフットワークや飛び技と言うものを比較的得意としているが、正直に言って、世界トップクラスの空中技の使い手であるコリィには敵わない。
 姉同様強烈なスープレックスという武器も持つ彼女に勝つためには、冷静に一瞬のチャンスをうかがい、関節を極めることが、唯一の勝利への道なのだ。
 自分はクールに、そして相手は熱くさせて、隙を作る。
 熱い心と、冷えた頭。
 小川は今、自身が最高のコンディションにあることを自覚していた。

「ガッデェェェェムッ!」

 ――ズガン!

「がぁっ!?」

 最高の筈の小川の後頭部を襲う、突然の衝撃。
 自分の身に何が起こったのかを理解する前に、小川はこれから自分の身に何が“起こる”のかを悟った。
 踏ん張ってもいない状態で受けた後頭部への衝撃により、前のめりに倒れていく自分の体。
 突き出す腕は、間に合わない。
 倒れていく先には、挑戦者である自分の立つ、青コーナー。
 先の試合では、外国人であるリリィ・スナイパーが立った青コーナー。
 リリィが龍子にドラゴンスープレックスをぶつけた、青コーナー。

 眼前に迫る、コーナークッションの外された、鉄の棒。

 全てがスローモーションのように迫ってくる。
 避けようとする体の動きも、スローモーション。
 たった一瞬のはずなのに、いつまでも終わらない気がする、恐怖の時。
 しかし、たった一瞬の後には必ずやってくる、恐怖の時。

 鉄が、顔を、砕く。

 冷えた頭は、これから自分の身に起こる事態を聡明に理解し。
 熱い心も、一息に、肝ごと冷やした。

「びぎゃぁっ!!」

649641 3/5:2010/02/24(水) 03:43:15 ID:???
 ――小川は、コリィの不意打ちのドロップキックを思いっ切り、受けた。
 前に出した腕は宙ぶらりんに。歩を進めていた足は片方が浮いて――まるで「えへへ、うっかりコケちゃいました☆」とでも言うようなマヌケなポーズで前のめりに倒れこんだ小川は、勢いをつけてコーナーポストに鼻面からぶち当たった。
 「びぎゃあ」というマヌケな悲鳴と共に、ずがぁ……、とでも言うような、とてもマヌケとは言い難い、不気味な音がリングに響く。
 そしてその後は、音もなく。
 ずるり、とコーナーにもたれ掛かる様に、小川の体は崩れた。
「――ぅえ。」
 セカンドロープに引っかかった小川の顔に、つい先ほどまでの凛々しさはない。鼻骨が右に折れ曲がり、上の前歯が一本、根元から折れている。半ば焦点を失った目からは反射的に涙が流れ、その涙を覆いつくす様に赤い血がとめどなく溢れる。
 突然の大惨事、そしてベビーである王者らしからぬ不意打ちに、観客たちは息を飲み、そしてざわめいた。
 ここで、ようやく。カーンと、マヌケなゴングの音が鳴る。
「リリィの仇討ちよ! まずはアンタからぶっ潰してやる、この○○○娘!」
 愛らしい外見のコリィの口から、やはり彼女らしからぬスラングが飛び出した。

 小川や観客たちには知る由もなかったが、セミの試合後、リリィはコリィを激励し、そのまま気を失った。即座に呼ばれたドクターの診断では背骨に異常が起きた可能性もあるという。直ちに救急車が呼ばれ、リリィは近くの大学病院へと運ばれた。
 コリィは、姉に付き添いたい思いを堪え、リリィが自分に掛けた「任せた」という言葉を受けて、一人リングに上がった。龍子へ、そしてWARSへの復讐心を燃やしながらも、それを抑えてWWCAのジュニア王者としての試合をするつもりだった。
 そこに、あの小川の態度である。
 コリィは激昂していた。

「立つのよっ!」
「んぎぃ!?」
 朦朧としていた小川の髪を掴み、持ち上げる。既に歪んでいた小川の顔が、気色の違う痛みにまたまた歪む。
「抜けた歯でも食いしばるのね!」
 髪を掴んだ左手はそのままに、右腕を小川の首に回し、スタンディングスリーパーの体勢をとるコリィ。
 だが、そのままオとすなどという生易しい結末を彼女が望んでいるはずもない。
「ぇ――ぁがぁあっ!?」
 体を回す。
 最初は地面を擦る様にゆっくりと、そして次第に、コリィの足は軽快に回り、小川の足はついに宙に浮く。
 コリィはジュニア選手だが、そのパワーはこうして同じ軽量級の小川を振り回せるほどにはある。
 二回、三回、四回、五回……お決まりの観客によるカウントも無いまま、小川は――ありきたりな表現だが――糸の切れた操り人形のように、ただぐるんぐるんと体を伸ばして回されつづける。
「ぅ、ぉぉぉ……」
「まだまだ、し足りないわよっ」
 呻く小川の顔を覗き込んだコリィの顔に浮かんでいたのは、復讐心だったか、はたまた内から湧き上がった嗜虐心だったか。
 いずれにせよ、コリィは思いついた暴力をそのまま実行することにした。
「アンタなんか……折れろ!」

 ぐわんっ!!
「――――ッッギィ!」

 小川の赤い血に染まった青の鉄柱が、またも小川の身体で打ち据えられた。
 今度は顔でなく、脚である。

「えぇぁああっ!? いぎゃ、いぎゃぃ、がぁぁぁ!?」

 回転のまま、コーナーに叩きつけられた左脚の脛が、関節のあってはならない場所で不気味に曲がる。見る見るうちに腫れが広がり、指先が仰け反る。
「いぎゃっ、ああぁがあっ、ぐぃぃぃ!!」
 先ほどまでほとんど無反応になっていた小川も、今度は痛みに悶え、のたうちながら唸るような濁った音を声にしてもがく。
 見下ろすコリィの表情は前髪に隠れ、どの席の観客の目にも映らない。
「――そうよ。そうじゃないと、ダメじゃない」

650641 4/5:2010/02/24(水) 03:44:24 ID:???
「て――てめぇ、いい加減にしやがれぇ!」
「おのれ悪党め、許しません!」
 リング下では、WARSの選手たちが小川の窮状を見かね、リングに飛び込もうとしていた。
 だが、それを拒むのがWWCAの面々である。
「乱入なんて許さないわよ! あのチャレンジャーが弱いのが悪いんでしょ!」
「ただの試合ならともかく、タイトルマッチを妨害させるわけにはいかないわ!」
「うるさい、日本語を使えっ!」
 WWCAの選手たちも、WARSの選手に負けず劣らず、気性は荒い。
 結果――タイミングとしては、小川の脚が砕かれたのを皮切りに、場内にはある種“活気”が戻り始めていた。
 ざわめきからどよめきへ。適当な野次を飛ばす者や、今更のように悲鳴を上げる者も居る。
 リングの上も下も混沌としていく会場にあって、観客が集まるスタンドも、次第に混沌が覆い尽くしていく。

 これはもう、プロレスじゃない。
 これはもう、格闘技でさえない。
 これはもう、普通じゃない。
 俺たちが見に来ているモノはなんだ?
 


「It's a Death Match!!」



 コリィが叫んだ。
 コリィが叫んで、そして飛んだ。
 暴れる小川を跳び越し、勢いのままセカンドロープを蹴り、赤い青コーナーの角を蹴り、血糊でバランスを崩すことも無く、コリィの体は大きくバク宙を切る。
 軽やかな動きでコリィはムーンサルトプレスを小川の身体に――落とさない。
 コリィはいつものように体を大きく広げはせず、代わりに身体を少し屈めて、右膝を立てた。

「ぐげぇぁぁぁぁっ!?」

 コリィの膝がめり込んだ腹を支点に、小川の体はくの字に曲がる。口内を満たしていた血を押し出しながら、茶色く濁った吐瀉物がリングと自身の顔とを汚す。
「えが――ぁ、ご、ぉぉぉ……」
 コリィがゆっくりと立ち上がると、小川の腹部には、膝のサポーターの形に添って、へその少し上辺りを中心に、めこりと紫に変色した四角形の凹みができる。
「ぶぉぁ……グェ、ぁぃぃ……」
 再び、小川の口からは吐瀉物のかわりに血が溢れ出した。内臓を損傷しているのは誰の目にも明らかだ。
 そのことも、重々理解して、コリィは呟いた。
「そろそろ……トドメよ」

651641 5/5:2010/02/24(水) 03:45:39 ID:???
 事ここに至り、ようやくレフェリーに動く覚悟とタイミングが揃った。
 ここで動かなければ、本当に、死んでしまう。
 レフェリーは二人の間に割って入り、怯えの混じった精一杯の声を出す。
「そ、そこまでだ! レフェリースト――」

うぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおぉぉおおぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!

「――っ!?」
 だが、その声は誰の耳にも届かなかった。
 最早観客たちは、このかつて見たことのないデスマッチを前にして、わけもわからぬ興奮に取り付かれていた。元々が、荒っぽいWARSの試合を見に来るファンたちであったとは言え、本当の殺し合いを楽しむような外道ではなかったはずだ。
 狂気に満ちた会場の中心で、レフェリーは前も後ろもわからぬまま、ただただ後ずさった。



 仲間も、観客も、公平なレフェリーさえも失って、小川は孤立無援の状態にあった。
 ここまでで小川が受けた攻撃は、最初のドロップキックを含めても、ただの四発である。
 本気になったレスラーは、ここまで簡単にレスラーを破壊できるものなのか。
 痛みと苦しみとに我を失いながらも、小川のほんの少し冷静な頭の隅っこは、そんなことを考えていた。
 でも、それなら。

 私にも、同じことができるはず。

 ――少しずつ。本当に、少しずつ。
 冷えてしまった小川の心に、また火が灯り始めた。
 それは或いは、逆境にあっても決して屈することなく、ついには勝利を掴んだ、反逆の女神が小川に微笑んだのだろうか。
 わけもわからぬまま、立て続けに襲ってきた痛みに屈していた意識を、頭の隅っこを中心に、引き戻す。
 苦しみに麻痺していた五感がようやく、じわじわと感じられるようになると、小川は自分が逆様になっていることに気が付いた。
 そして、自分の首回りと腰の辺りに、誰かの腕が巻き付いていることも感じた。
 誰の腕か? コリィの腕に決まっている。
 自分は、腕にはダメージを負っていない。動かした右手は、不用意に小川の頭を抱え込んでいたコリィの右手の小指を簡単に掴んだ。

 私にも、できる。

 ――ぽきん
「ンギァ!?」

 ほら、できた。






「ひかる――っ!!」

 石川の肩を借りて、リングサイドまで龍子は、大切な後輩の変わり果てた姿に声を漏らした。
 それはもう、糸の切れた操り人形というよりも、床に叩き付けた糸こんにゃくとでも言ったほうが正確な表現だとさえ思える。
 仰向けになってぴくぴくと痙攣するその姿は、自然落下が生んだ不自然極まりない体勢と言えた。
 砕けてしまったその顔に、最早生気は残っていない。目は完全に裏返ってしまい、舌はでろんと突き出している。
 血と吐瀉物の臭いに混じって、仄かにアンモニア臭が漂う。見れば、汗をよく吸うコスチュームが、うっすらと股間の辺りを黄色に染めていた。

「医者は――医者はまだかっ!!」



「ちゃんと、中に落とすつもりだったのに」
 大騒ぎになっているリング下を別世界のように見下ろしながら、コリィは手の甲辺りまで折れ曲がった右手の小指を見て、独りごちた。
「――馬鹿な奴」

動画 アダルト動画 ライブチャット